トノバン 加藤和彦とその時代

本作を7月の梅雨の合間に広島市内の八丁座にて鑑賞してきました。

 

実は久々の木曜日の休日、せっかくなので映画でも観ようと地元や広島市内の映画館をチェックしていたら、本作が目に留まりました。 わたしは残念ながら、加藤和彦さんの全盛期を同時に経験したリアルタイム世代ではなく、それよりも一世代下の世代なのですが、フォーククルセダーズ、サディスティックミカバンドといった歴史に名を遺す輝かしきバンドの名曲たちは解散後に遅ればせながら聴いた経験を持っています。 加えて「あの素晴らしい愛をもう一度」「悲しくてやりきれない」といった名曲の作曲、さらにプロデューサーとして、吉田拓郎さんの「結婚しようよ」での弦圧の効いたギターアンサンブル、泉谷しげるさんの「春夏秋冬」のギターとハーモニカを使った詩の世界を巧みに表現した音楽的空気感のち密さもとても印象に残る仕事だっただけに、加藤和彦さんのことはその不可解な死とともにいつも心の片隅において気になる存在でした。そんな彼の周囲にいた人たちによるドキュメンタリー映画ということで、やはり観ておこうという気になり、すでに一日一回だけの上映でしたが、急遽広島市内に出向きギリギリ観に行ってきました。

 

加藤さんを知る人たちの記憶の証言と残された映像や音楽を紡ぎ合わせるような構成でしたが、思いのほか非常に堪能させてもらいました。なぜトノバンと呼ばれたかも本作のおかげでやっと知りました。

 

加藤さんの豊かな音楽的才能はやはり当時ともに過ごした人々からしても圧倒に巨大であったこと、実はかなり音楽制作の際にはアドリブ的発想を重視していたこと、音楽だけでなくファッションや料理といった生活全般に対して高い意識を持っていたこと等々が当時関わって人々によってうまく表現されていました。

 

ソウルメイトと言える安井かずみさんとの再婚、そして数年後の死別。その後ほんの少しの低迷期を経てのフォークルの再結成やアルフィーの坂崎さんとのコラボ、その後の不慮の死。 なんだか才能がありすぎてこの世界がつまらなくなってしまったかのような意味深な遺言・・・。ひとりの同じ日本人としての稀有な人生を想像すると、切なくなりました。

 

彼の死は、生きていればその後も人々に与えたであろう影響を考えると残念でならないのですが、有り余る才能を持ち、その才能を適切に昇華させていくセンスは稀なものであり、本作を観てもう少し加藤さんの人生を深堀してみたくなり、ソロ当時のスタイリッシュなアルバムを買って聞いたり、映画と並行して販売されている本「あの素晴らしい日々」(表紙が本作のポスターと同じ写真で、サディスティックミカバンドのときの公演でのロンドン来訪時の自由闊達な姿と笑顔が魅力的です)も読むことにしましたが、お盆休みの楽しみになりそうです。

 

P.S.元祖フォークルのメンバーでもあり、「あの素晴らしい愛をもう一度」(本作で明かされた、なぜこの曲をふたりで歌うことにしたエピソードも秀逸でした)、「戦争を知らない子どもたち」、「風」などの作詞者である北山修さんは、同じ精神科医でもあり、数年前まではよく精神神経学会でもそのお姿や発言をお見かけることが多く医者としてもたいへん尊敬している方なのですが、本作のなかで北山先生のいまも凛とした姿、同志であった加藤さんへの想い、それを言葉で表現したコメントもさすが詩人らしく深い表現であり、個人的には出色の出来でした。北山修先生にはいつまでもお元気でおられることを願いつつ、できれば素敵な新作の作詞をまた聴いてみたいと思ったりしました。

 

また本作の企画を提案した高橋幸宏さんも本作の完成を観ることなく昨年亡くなられてしまいましたが、高橋さん自身のこのような映画企画を待ちたいものです。