オッペンハイマー

本作をGWが近づいてきたある晴れた春の休日のお昼にT-Joy東広島にて鑑賞してきました。2023年度のアカデミー賞作品賞受賞作であり、3時間の長尺だけに期待するとともにこころとからだの準備をしっかりして鑑賞に臨みました。

 

わたし自身も一応理科系出身の人間だけに、学生時代にちらりと学んだ、アインシュタインの相対性理論( 光速を無限と過程した結果、中学生にも分かる数式の変型・展開の末に導かれる、ひとつの結論E=MC²は数学好き少年だったわたしの心にも印象的でした )に端を発した量子物理学に興味を持ったこともあります。 その行き着く果てとしての、原子力爆弾。そしてその爆弾の製造プロジェクト「マンハッタン計画」の指揮をとったオッペンハイマーの物語です。アインシュタインはもちろん量子物理学の父・ニールスボーアも登場しており、科学史が好きな人にはたまらない設定となっていました。

 

そして3時間があっという間に過ぎました。オッペンハイマーの原爆製造前の自信・恍惚・自負心とともに投下後の失望・葛藤・後悔が美しくも冷徹に描かれていました。

 

本作で初めて知った事実はたくさんあるのですが、とくに興味深かったのは、当時彼の弟はアメリカにおいて共産党員であり、妻も愛人も共産主義者であり、彼自身もその思想に共鳴していたことであり、そのため戦後アメリカにおいて激しく吹き荒れたレッド・パージ( 赤狩り )により弾劾され原爆製造の立役者にも関わらず、社会的に抹殺されていく流れです。

 

正直本作を観るまでは、オッペンハイマーのことをどんな人かを知らないまでもアメリカ絶対主義の、頭脳明晰で現実的かつ楽天的人物をイメージし原爆の被害者の悲惨さをよそに幸せな人生を終生送っていたと思っていました。

 

考えてみれば、わたしでさえもそうだったですが、20代前後の若き理想に満ち満ちていたころには、「すべての人間が科学的合理的経済理論の下、平等に平和に暮らす」というイメージを共産主義に持っており、それはオッペンハイマーでさえそうだったのだという感慨とともに、その後の共産主義の惰行を知っているだけに甘酸っぱく切ない気持ちも湧いてきました。

 

そんな頭脳明晰で理想主義的なオッペンハイマーが原爆製造後、原爆のもたらした災厄やその後の水爆への発展といった影響やどろどろした人間的確執や狡猾な罠に囚われ、社会的に償却されていく段階になると、歴史的使命(彼の場合は「原爆を実際に製造した」という事実)を終えた人間の末路というのはいつもこうなるよな~なんて歴史好きとしての感慨も持ちながら、終幕を迎えました。 ひとりの人間の恍惚と苦悩を見事に描いた文学的作品でした。

 

我々は人類唯一の被爆国の国民であり、本作はその惨禍の原因となった科学者の物語であり、「本作は必見!」と言いたいところですが、3時間という長尺と物語のレンジは意外と狭くあくまでアメリカから観た視点(まあ当然ですが)であるということもあり、科学や文学、歴史好きの方に強くおすすめの作品と感じました。