本作をいよいよ寒さが染み入るようになってきた12月の夜にT-Joy東広島にて観てきました。最近「君の名は」という大ヒット作を得て俄然元気がいいアニメ界の、それも広島を舞台にした新作です。
日本が戦争に向かう日々をしっかりあっさり素直に生きる、絵を描くのが上手な主人公のすず。
そんな彼女が時代や周囲の思惑に流されながら、素朴な風景のなかで淡々と生きていきます。
こんな素直であっさりとした気持ちのよい女性が当時の日本には普通にいたのだろうか?・・と当惑するわたしをよそに、牧歌的だった昭和の時代は徐々に戦争に向けて突き進み、日本は、日常的に人々が死んでいく敗戦へと向かっていきます。すずに容赦なく厳しかった兄も戦死し、幼馴染も戦地に赴き、やがて彼女とその嫁いだ先の家族が住む呉もアメリカ軍の爆撃を受けるようにになり、かわいい姪の晴美(この小さな女の子は、その母親と対照的に本当に素直で可愛く描かれていて、思い出すとキュンとなるほど映画のなかでは大きな存在となっています)を目の前で失い、彼女自身も絵を描く大事な右手を失うという悲劇に会いながらも、淡々とすずらしく生きていく姿には、自分もこうありたいと思うと同時に、こんな悲しくも切ない限界状況で自分はこんなに淡々と必死に生きれるだろうか?姪や兄を失った悲しみや恨みにこころは覆われてしまわないだろうか?という自問自答も生まれたりしました。
そして、なんやかんや言いながら、いま戦争のないこの平和なこの時代に生きていることのありがたみを本作を通して何よりも痛感しました。
もちろん「いまだって決して世界は平和な時代じゃあない!」という方もいるかもしれませんが、あの昭和初期の時代は、現実に明日、命が突然失われるかもしれないという恐怖や不安感を毎日背中に感じて、食べたいものも食べれず、行きたいところにも行けず、それでも人々は必死に生きつつも明日をも知れぬ時代であったわけで、それに比べればいま我々が生きる時代は、その気になればどこにでも行けるし、少々無理すれば食べたいものだって食べれるし、何より突然死ぬような危険性も限りなく低く、戦時下にあふれていた直接的な恐怖や不安や悲しみには全くと言っていいほどさらされていないのです。
わたしにも日々の生活のなかでいやなことや悲しいことがときにはあったりするのですが、戦争当時の日本で懸命に生きたご先祖様のことを思えば、なんと幸せな時代に生きているのだろうという認識とともに、自分でしっかりなんとかやればなんとかなるという時代のありがたさを感じ、泣き言など言っていられないという気持ちがわいてきます。
本作はそうした当たり前の事実をあらためて認識させてくれる作品でした。広島人だけでなく、現代に住む日本人すべてにすすめられる良作だと思いました。
P.S. 本作で声優デビューを飾ったのん(元:能年玲奈)さんの声も特筆ものでした。事務所との軋轢で本名であるはずの名前を使えず、新たな芸名「のん」になっての再起作ですが、素晴らしい表現でした。主人公・すずの淡くて、ややとぼけてコケティッシュで素直な人柄が自然にビブラートするような声を通して、素晴らしく表現されていて温かいものにつつまれるようなしびれを覚えました。
そしてもうひとつ、本作の挿入歌として使われた楽曲、コトリンゴの唄う「悲しくてやりきれない」(オリジナルはフォーク・クルセイダーズ)・・この唄はほんとよかったです。本作の底に流れるテーマがこれほど見事に表現されている歌は他にはなかなかないのではないのでしょうか?この唄を持ってくる監督のセンスの良さにも感服しました。そんな歌をあえて決まり過ぎる、最後のエンディング・ロールに持ってこず、前半部に何気なく挿入されているのもにくい演出で、その潔さが本作の「世界の片隅に」というつつましさに繋がっていたような気がしました。あえて最後にこの曲の流れる本作のエンディング・ロールを観てみたかった気もしましたが、これはいろいろ意見の分かれるところかもしれませんね。
いずれにせよこの先、本作を思い出すときはこの曲の調べがこころに浮かんでくることは間違いなさそうです。
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シネ丸 (金曜日, 16 12月 2016 09:47)
テアトルシネマ50周年記念映画のこの作品は,あまり多くの宣伝がされず上映館も限られたなかで封切りされました。 しかし作品の評価が高く「君の名は。」と違って年配の観客を集め大ヒットし今でも上映が続いています。 広島・呉を舞台にして戦時中の普通の日常を描きながら戦争の悲惨さがひしひしと伝わり、長く心の中に残っていく修行になりました。 日頃あまりアニメをご覧にならない方も,是非映画館へ足をお運びください。 「のん」も頑張ってますよ!
四季のこころ (日曜日, 15 1月 2017 20:52)
ほんといい作品ですよね。いまでもときどき本作で主人公が空襲に襲われる空をかがみながら見上げるシーンや「悲しくてやりきれない」のフレーズが、ふと頭や口に乗っかったりします。それにしてもキネマ旬報年間邦画1位をとるとはびっくりしました。一方で「君の名は」は10位にも入っていない・・。キネ旬の硬派ぶり、面目躍如ですね(笑)。
フランツ (火曜日, 28 3月 2017 14:09)
偶々、先生のブログにたどり着きました。
アニメ映画「この世界の片隅に」は、自分の父が、昭和20年6月から、呉海軍工廠で働いており、昭和20年6月22日(金)の大空襲を体験しており、他人事の話ではありません。
実は、平成24年から父の呉の足跡を調査して、一冊の本に纏めております。
題名は、「ポツダム少尉 68年ぶりのご挨拶 呉の奇蹟 第4版(最新版)」と云います。
本は、自費出版の非売品ですが、東広島市図書館には、第3版を登録頂いております。
可能なら、広島市図書館、呉市図書館、廿日市市図書館、三原市図書館で、第4版を御覧頂ければ幸いです。
この映画の時代背景が、お分かりになると思います。カラー版の200ページの本です。ご高齢の皆様にも読んで頂ければ幸いです。