ハドソン川の奇跡

本作を封切早々、T-Joy東広島にて観てきました。

近年のわたしの映画格言?に「イーストウッド作品にはずれなし」といったものがあり、本作もこれにもれず、大傑作とはいいませんが、いろいろ考えさせられる素晴らしい佳作でした。

 

本作も最近の傾向である、実話をモチーフにした作品です。

バードストライクによる両エンジンの停止を受けて、発着空港への帰還は無理と判断したのち、奇跡のニューヨークの街中のハドソン川の水面への不時着を敢行し、ひとりの命も落とさずに済ましたサリー機長。英雄視される一方で事故調査委員会からは、「英雄になるためにラガーディア空港に戻れたのに、あえてそれを選ばずに水面着陸をしたのでは・・?」というとんでもない疑惑をもたれたものの、聴聞会を通してその疑惑を感動的に晴らしていくというドキュメント仕立ての作品となっています。

 

わたしも本作を観たあとこの事件に興味をもち、少し調べてみましたが、実際には映画で表現されたほど、サリー機長は罪人扱いされたわけでなく、事故調査委員会としては当然の責務として、一応空港に戻れた可能性を検証したといった程度のもので、聴聞会もあそこまで険悪な裁判仕立てではなく、まずまず穏やかなものだったそうですが、機長側からすれば、少しでも疑いをもたれたことは精神的にもショックであり、機長らの心の叫びがイーストウッドにも届き、本作の実現に相成ったのでしょうね。

 

それにしても本作の見どころは、サリー機長らの操縦チームの功績も素晴らしいのですが、不時着後のニューヨーク沿岸警備隊、ニューヨーク市消防局、水上バスなどの活躍ではないでしょうか?ニューヨークの1月、突き刺すような寒空の下、機体水没までたったの一時間の間に迅速に懸命に救助活動を行い、結果ひとりの乗客・乗務員の命も落とさなかったという活躍は、その数年前、同じニューヨークで起こった9・11テロで救えなかった命、救助のため命を落とした消防隊員たちへのレクイエムのようでした。あのテロの後を受けても、恐怖にひるまず勇躍し、次々の乗客・乗員を救助していく有様は素晴らしく、観ているものを奮い立たせる力がありました。アメリカの良心ここにありとイーストウッドは表現したかったのだと思わされました。

 

ところで主演のトム・ハンクスもすっかり老齢を演ずるしぶい俳優にもなりました。あの大傑作「フォレストガンプ」で演じた素敵な若者からもう20年以上たったと思うと時の流れの無常も感じさせられたりした本作でした。

 

「グラントリノ」を最後に一切フィクションを撮らなくなり、ほぼアメリカに関係した実話をもとに映画づくりに励むイーストウッド監督。アメリカという国の存在意義、そこで生まれ育った人間として、自らの命の尽きるまで、母国を映画という形で切り取り続ける覚悟と信念を最近の作品には感じます。まるで映画版ブルース・スプリングスティーンのようです。

俺にはフィクションなどを撮って回り道をしている時間はもう残されていないんだよ・・というつぶやきが語り掛けてくるような錯覚さえしますが、それでもまた実話にこだわらないファンタジックなイーストウッド監督によるグレート・アメリカン・ピクチャーも観てみたいものです。