カープの懐の深さ

先日、カープに阪神を自由契約になった新井貴浩選手が復帰しましたね。このことについて、わたしなりに思うところを今日はちょっと書いてみたいと思います。念のために書いておきますが、わたしはカープファンではなく、ドラゴンズを応援するいちプロ野球ファンです。でも広島生活もはや20年をとうに越え、知人と話す野球の話題はカープについてが多く、この間カープの変遷を見続けてきました。

とくに新井が2007年のオフにFAの資格を獲得して、それまで「FAの資格をとってもFA宣言はしない」との言を翻し、FA宣言し阪神に移籍した経緯は興味深く見守っていました。その5年前、先輩金本のFA宣言による移籍に似ているようで新井の場合は大きく異なっていました。

当事地元ではカープ報道に熱い意見を送る中国新聞(この新聞のカープコラム面白いですよね。わたしも愛読しています)も憤っていました。「今後、球団として若手を育てていく指針を失いかねない移籍事件だ」という感じでした。

当時を知らない方に少し解説しますと・・・それは2002年金本の移籍の際はカープは金本の残留希望をどちらかといえば球団が突っぱねる形でした。わずか100万円のFA再契約金の金本の希望を突っぱねたカープが悪く、金本は泣く泣く星野監督に口説かれて阪神に移籍したのですが、新井のときは違いました。カープはFAによる残留を認めないというそれまでの方針を180度変換し、やっと育て上げた新井へ必死の懇願ともいえる引き留め活動を行いました。それもそのはずです。新井を将来の主砲にと、お世辞にも上手いとはいえないサード守備でありながら我慢して、選球眼が悪い打撃にも目をつぶり若手のころから使い続け、やっとものになり始めたというところだったのです。やっとこれから恩を返してもらおうという矢先だったので、こうした移籍がまかり通れば、若手育成をどうやってやっていけばいいのだという途方に暮れることになりうるのです。カープも当時としては精一杯の条件を提示し新井の引き留めに入ったので、カープファンの新井なら当然残留を選択するだろうと、部外者のわたしでも思ったものでした。ところが無情にも新井は阪神への移籍を選択。そして記者会見での涙涙。「カープは好きだけれど、優勝争いをしたいから阪神へ移る」と・・・。落合のように「自分を高く買ってくれたところに行く」なんてセリフは新井には無理でしょうが、せめて笑顔でカープに別れを告げ、次のチームで頑張ると胸を張ればいいのに、なんという女々しさ(女性の方には申し訳ありません)でしょう。ライバルチームへの入団を決めながら、カープが好きだ・・なんて、阪神にも失礼です。わたしはあぜんとしました。状況的には資本力のある阪神の好条件につられたということは明白でしたし、自分が主砲であるチームで優勝争いができないということは、自身がもっと頑張ればいいわけですし、頑張ってもカープのメンバーでは優勝争いなどできないから、阪神へ移籍するということを宣言したわけですから。カープファンやカープ球団をこれ以上蔑んだ言い方はないわけです。新井は無自覚にカープファン、球団に対してこれ以上ない最高に失礼な物言いを涙ながらにしたわけです。わたしから見れば、阪神の高額条件につられましたなんていうのは恥ずかしくていえず、つい苦しいながらの言い訳に近かったのでしょうが、いくらなんでもこの物言いは失礼すぎる気はしました。もう新井はカープに戻ってくることはないし、阪神でもたいした活躍はできないだろうな・・とも当然思いました。

その新井がなんとカープに戻ってくるのです。新井が優勝争いできないと断じたカープは自助努力でついに優勝争いができるチームになっており、そこに帰ってくるとはなんたる虫の良さでしょうか?阪神は新井がレギュラーの間、CS一回戦で敗れ続け、新井こそがチャンスに打てず、優勝争いに絡めない元凶であるということを証明したあとなのですから。年棒も2億円の年棒から2000万円。でも驚くことはありません。阪神でお金は十分ためたでしょうし、あと200本を切った2000本安打名球会に辿り着くためにはレギュラーの可能性のまったくない阪神にいるよりはカープのほうが可能性があるわけで、新井としては今もカープファンでしょうし、たいへん賢い選択なのです。

わたしが感心したのはそうした新井の状況を熟知しているはずのカープ首脳陣の再入団への判断です。松田オーナーの鶴の一声があったとはいえ、いろいろ複雑な思いが球団にはあったはずです。恨みに思う人もいたのでないでしょうか。そんな遺恨を乗り越え、笑顔で復帰を許す。これぞ日本人の心根の深さ、まさに「さらりと水に流そうぞ」という織田信長ばりの決断にわたしは少し感動しました。この先のカープと新井の関係にも目を離せなくなりそうです。恩知らずの新井がカープにやっと恩を返すことができるのか、それとも上げ潮のカープに水をさし、恩を仇で返す存在となるのか?

わたしとしては、できれば、カープの若手には新井とのポジション争いに打ち勝ってほしいものです。そして新井を従えて、カープ若手の活躍によるリーグ制覇が観たいものです。新井をめぐる恩讐の彼方についに優勝。なんて素敵な出来事でしょうか。これぞスポーツの醍醐味ともいえます。正直、わたしがファンであるドラゴンズの優勝よりカープの優勝を観たいという自分がいたりするのです。思えば遠くに来たものです(笑)。